礼拝説教


2010/8/29 聖霊降臨節第15主日礼拝

       「救いへの招き」

副牧師 姜キョンミ

マルコ福音書12:28〜34


◇「神の国から遠くない」、この主イエス・キリストの答えは非難の言葉ではなく、自分の力で、救いを得ようとするこの律法学者が、神の国との間の距離を、主イエスご自身が埋めて下さる方であることを受け入れ、そこに寄り頼むようにとの招きの御言葉です。掟を守ることによって救いを得ようとする歩みは、真の救いを得ることのない歩みです。主なる神から来る救いを求め、それに委ねる歩みにおいて私たちは真の救いが与えられます。

◇私たちは、自分の業ではなく、キリストの業により頼むときに、主イエス・キリストの赦しに与り、主イエスの救いの御業に自分を委ねる中において、初めて、神を愛し、隣人を愛する歩みに押し出されて行きます。自らの罪を赦してくださった、唯一の神に目を向けつつ、同じように、その愛が及んでいる隣人を愛する者とされる。主イエスによって赦されている者として、互いに赦し会う者とされて行きます。

◇この世にある限り、私たちの歩みは不完全なものです。しかし、主イエス・キリストに目を留めて、そこで示された救いの約束に生かされて、主なる神と隣人をも愛しつつ、救いの御支配が完成する世の終わりの到来を待ち望む者でありたいです。

◇神こそ、心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、わたしたちを愛してくださるお方です。ご自分のひとり子をお与えになり、赦しと永遠の命とをわたしたちのために備えてくださった神であります。主イエス・キリストはその愛を私たちのために生き抜いてくださいました。

◇「イスラエルよ、聞け、わたしの神である主は、唯一の主である。」。とるにたらない、一民族にすぎなかったイスラエルを「神の民」と呼び掛けられた主。愛する民とされた神。そして、わたしはあなたがたと共にいて、わたしの思いをあなたがたのうちに実現する「主」であり、独り子を与えて下さった主イエス・キリストの父なる神であられます。私たちはその神によって招かれた者であります。  

 
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