2022/08/28「祝福された結婚生活を送るために」コリントの信徒への手紙一7:1~7牧師古屋 治雄

コリントの信徒への手紙一7:1~7 牧師 古屋 治雄

◇コリントの信徒への手紙は、コリント教会の人々が内輪もめをしていたり、信仰生活に入る以前の生活に戻ってしまったりしている様子を伝えている。当時の人々は、設立に係わったパウロに一貫して厚い信頼を寄せていたとは言えない。パウロの方でも、厳しいことを勧告したりする。しかし、またコリント教会の人々に信頼を寄せていることも語っている。

◇7章に入り、「そちらから書いてよこしたことについて言えば」とパウロは語り始める。コリントの人たちから、具体的質問状がパウロの許に届けられていたと読み取ることができる。コリントの人々はやはり他の指導者よりもパウロに信頼を寄せていたと思われる。その内容は、「結婚について」である。6章まで語られた「体」のことと深く繋がっている。

◇パウロは「男は女に触れない方がよい」(1節)と語る。この言葉はもともとコリント教会の人々が書いてきた質問であった。後に続く、「妻を持つ」あるいは「夫を持つ」と言う表現と同じ、性的な関係を持つことを意味する。信仰生活に入った者は引き続き結婚生活を続けるべきか、結婚生活は止めて独りで生きていく決断を新たにすべきかを悩んでいる人々が実際いたようである。

◇パウロは信仰生活を始めても結婚生活を続けるように説得する。パウロは「みだらな行いを避けるために」結婚生活があると語る。夫婦の関係は、相互に自分の意のままにあるのではなく、妻は夫のために、そして夫は妻のためにある。極めて自由に一緒にいることは大切である。また離れることがあってもそれが夫婦にとって良い関係になることもあると諭す。

◇教会での結婚式の意味は、その二人の家庭に神様が外側から助けの手を差し伸べてくださると信じることである。教会の伝統の中で夫婦の関係がキリストと教会の関係とされている。キリストが夫であり、教会が花嫁とされて深い結びつきにあるとエフェソ書から教えられている。昔も今も、私たちの家庭を祝福してくださっている主を見上げて、家庭生活を送ってまいりたい。