2013/10/27 在天会員記念礼拝
「いのちの行き先」
ヨハネによる福音書14:1~7
主任牧師 大村 栄
◇先々週台風26号の影響で、大きな被害を受けた伊豆大島では、藤倉学園の職員の中にPTSDにおちいった方がいる。PTSDは「心の傷」とも言える。ヨハネ14章は主イエスの「決別説教」。弟子たちが主イエスの十字架の死を目にして体験するであろう「心の傷」を予見して、主は「心を騒がせるな」と言われた。阿佐ヶ谷教会の在天会員428名。一人一人の最期にも「心を騒がせる」事態があったろう。
◇主イエスは「2:父の家には住む所がたくさんある」から、そこに、「あなたがたのために場所を用意しに行く」と言われる。弟子たちだけでなく、死に直面した時に心騒がせる私たちすべてに告げられる希望だ。
◇弟子のトマスはそこに行く道を問う。「5:どうして、その道を知ることができるでしょうか」。すると主は「6:わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない』」。わたしを通って行けと、身を挺して道となって下さる。
◇トマスはその道が、「5:分かりません」と言うのに、主は「4:その道をあなたがたは知っている」と言われる。食い違いがある。私たちが自分の知識や経験で把握できなくても、あなたはすでにその道を歩いている、そこは神に備えられ、主と共に歩む道だと言われている。
◇招詞で読んだ1コリント13章は「愛の賛歌」。その終わり近くに、「12:わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。…今は一部しか知らなくとも、そのときには、はっきり知られているようにはっきり知ることになる」。今は「おぼろに」しか見えず、「一部しか」知らない私たち。<いのちの行き先>もはっきり分からない。しかし私たちが知らなくても、私たちは神に「はっきり知られている」。そしていつかはすべてを「はっきり知ることになる」。それは天国に迎えられる時なのかも知れない。その日を望みつつ主の道を、主と共に歩もう。
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