礼拝説教

2015/5/3 -復活節第5主日 礼拝- 

「友のために命を捨てる」

ヨハネによる福音書15章12~17節
主任牧師 大村  栄

◇「12:わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい」と言われる主は、その愛の究極の形を、「13:友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない」と言われる。犠牲的行動が必要なのだろうか。 

◇阿部志郎先生はlifeを「生命」と訳すのは医学の領域。「生活」と訳せば福祉の領域。「人生」と訳す部分を教会が担ってほしいと言われる。近年QOLという言葉が聞かれる。Quality of Life。一般には「生活の質」と訳される。これを私は「人生の価値」と訳したい。 

◇その命を友のために「捨てる」とはどういうことか。水曜日の祈祷会で読んでいるヨシュア記には、6章のエリコの戦いなど、異邦人の敵を徹底的に滅ぼす聖戦の場面が出てくる。「滅ぼし尽くす」(ホロコースト)は元来は神への捧げ物、「燔祭」、「焼き尽くす献げ物」のことだった。「滅ぼし尽くす」とは「捧げ尽くす」ことだ。 

◇しかしキリストによって、捧げるとは滅ぼすことではなく、和解して共に生きることに変わった。「あなたが祭壇に供え物を献げようとし、兄弟が自分に反感を持っているのをそこで思い出したなら、その供え物を祭壇の前に置き、まず行って兄弟と仲直りをし、それから帰って来て、供え物を献げなさい」(マタイ5:23-24)。 

◇和解して共に生きる兄弟(姉妹)こそが神への最良の捧げ物であり、その和解のために自分を捧げ尽くすことこそが、最良の命の使い方、真の「人生の価値」なのではないか。 

◇そのご用のために私たちは選ばれた。「16:あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである」。 

◇「任命する」と「捨てる」は同じ言葉。和解のため、愛のために命を捧げる、その目的のために私たちは神からの「任命」を受けている。 


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