礼拝説教

2015/5/31 -三位一体主日 礼拝- 

「見えないもの」

ヨハネによる福音書9:1~7
主任牧師  大村 栄(決別説教)

◇私の父は明治の終わりに山梨県で日下部教会の信徒の家に生まれた。ヤソと批判されたが、祖父は10人の子供全員に日下部教会で幼児洗礼を受けさせた。その三男が勇で四男が父善永である。父は病気のため18才で失明して、療養の後、関西学院大学英文科に入学。卒業後は横浜訓盲院で英語の教師になったが、中国大陸に渡り、満州の奉天(現在は瀋陽)に啓明学園という盲児の全寮制学校を開いた。苦労する中で私の二人の姉が幼児期に亡くなっている。戦後引き揚げてきて阿佐ヶ谷の兄の牧師館に寄留し、当時鷺宮にあった東京神学大学の前身である神学校に通った。卒業後高田馬場に教会を建て、今日の聖書からシロアム教会と命名した。 

◇シロアムの池の近くで、生まれつきの盲人を前にして弟子たちがこれは誰の罪の結果ですかと問う。原因不明の障害や災いは、何かの罪の結果であると考えられていた。主イエスの応えは画期的だった。「3:本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである」。苦難の原因を求めるのではなく、その目的を考えるよう勧めている。 

◇「はこぶね」の次号にこう書いた。「私は子供の時から『見える、見えない』ということの意味をずっと考えてきました。父が見えないものはありましたが、逆に父に見えているものもありました。大事なものを見ている父の背中越しにそれを見ようとしている内に、私も牧師になっていました」。父の見ているものは本当に見るべきものだと、背中を見ながら確信した。 

◇父の葬儀で詩編102:18が読まれた、「主はすべてを喪失した者の祈りを顧み/その祈りを侮られませんでした」。18才で視力を喪失した父。喪失や挫折も、それを通して「神の業がこの人に現れる」ための素材になるのだと思う。 

◇私は幼い頃、盲目の父の視線を感じていた。私たちは見えないものに見つめられ、見守られている。阿佐ヶ谷教会と皆さんに、主の眼差しがいつも、いつまでも注がれますように。 

(C) Asagaya Church, United Church of Christ in Japan, asagaya-church.com