「主イエスを死へと追いやる力」
マルコによる福音書15:1〜15
牧師 古屋 治雄
◇私たちは礼拝のたび毎に主の祈りを祈る。御国が来ますようにと祈る。これはキリストが全き御支配をもってこの地上に来て下さることによって、この地上に神の国が本当に実現するという希望を私たちは与えられ、イエス様がこのように教えて下さっている。
◇イエス様自身はこのマルコによる福音書の初めのところで、第一声「神の国は近づいた。」と宣言されて、弟子たちをお集めになり、お働きを精力的に展開して下さった。その一つ一つはイエス様を通して、神の国の中にすでに私たちが招かれ、生かされているということを表してきた。キリストが真のメシアとして、王としてこの地上に来られ、世界を神様の正義によって包む、まさにそのことがこの地上に実現するのである。
◇しかし、今日の聖書箇所のしばらく前の所からイエス様は捕らえられ、まずユダヤの指導者の前に引き行かれ、最終権力者であったローマ総督ピラトのもとへ連れて行かれた。ピラトがイエス様に「お前がユダヤ人の王なのか」と問いかけ、これに対してイエス様は「それはあなたが言っていることです。」と一言だけお語りになった。
◇ピラトは祭司長達がイエスを引き渡したのはねたみのためだと見抜いていた。当時の慣習で犯罪人を許す慣例があったが、指導者達に呼び集められた群衆はイエス様ではなくバラバを赦せと言った。ピラトは群衆を恐れ、十字架につけろという声に圧倒されて本来なすべき裁きを曲げた。これがイエス様を裁く最終的な権力の実態である。
◇イエス様は、この場面のみならず、この姿をはっきりと貫かれることによって、この地上世界において行われている正しい裁き、真の王がいるのか、真の統治はあるのか、正義を持って裁くことがこの地上に実現しているのかを語られる。
◇イエス様は真の裁きを私たちのただ中でこのようなお姿で貫徹して下さった。そのことを、私たちは恐れを持って受け止め、イエス様こそ真の王であることを今日のこの場面の中からも聞き取り、このイエス様に新たな信頼をおいて日々の歩みの中に真の正義を貫徹する、そのような御業に与って参りたい。
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