礼拝説教


2021/01/31

「天になるごとく、地にも」

マタイによる福音書5:14〜16、6:10
協力牧師 中野 実


◇私たちは厳しい現実の中で、天の神様の御心に思いを向けることができる。その御心に誠実に歩むことこそ信仰者の使命である。私たちキリスト者は天の市民であると同時に、この地上を歩む者として天と地をつなぐ重要な役割を与えられている。そもそも天とは何か。天とは空の彼方でもなく、死んでから私たちが行く場所(いわゆる天国)という意味でもない。天は神様の領域、この地上の世界を恵みによって造り、守り導いてくださっている神様の領域である。それ故、天と地とは切り離し難く結びついている。

◇では、どのように結びついているのだろうか?マタイ6:10 の祈りが前提としているのは、すでに天において神様のご計画は実現しているということである。御心がこの地上で実現するために、神様はこの地上のただ中に来てくださるだけでなく、私たちを用いてその御業を行われる。主の祈りは神様の御業に自分自身が喜んで参与しようと願う積極的な信仰者の祈りである。

◇神様の御心、恵みは、どのようにこの地上に存在するのか?神様はすでに地上において恵みをもって働いてくださっているが、そのような天の国の宝(恵み)は隠されているのだとイエス様は言われる。この地上の日常生活の一つ一つの事柄に誠実に向かい合うこと以外に、天の国の宝を発見することも、天の国の恵みを味わうこともできないのだ。

◇「あなたがたは世の光です。」ペンテコステで聖霊は一人一人に炎のように分かれて留まったと記されている。炎はそれだけでは消えてしまうが分けると広がっていく。聖霊の炎を内に与えられている私たちは、燭台(ともしび)のように炎を分け、この世界をその光で照らすことができる。これにより、隠された天の国の恵みが人々に見えるようになる。

◇天の父なる神様の救いの働きはすでに始まっている。私たちは日常の些細な事柄に誠実に向かい合うことによって世の光としての役割を果たし、天の国の宝、恵みがこの世界に満ちていることを多くの人々に示していく。そのような使命を、与えられた持ち場で果たしていきたいと願う。
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