1997.7-9


もくじ

1997年 

◆9.28「神の国を生きる」マルコ福音書4:21-34
◆9.21「主イエスの家族」マルコ福音書3:20-34,テモテII 1:3-7
◆9.14「わたしを誰というか」マルコ福音書8:27-38
◆9.07「種を蒔く人」マルコ福音書4:1-20

◆8.31「イエスと共に」マルコ福音書3:7-19,コリントI 15:10-11
◆8.24「命に至る水」ヨハネ福音書4:1-26
◆8.17「悔い改めた都」ヨナ書3:1-10
◆8.10「平和の日」マルコ福音書2:23-3:6,ヤコブの手紙3:13-18
◆8.03「新しいライフスタイル」ミカ書4:1-3,マルコ福音書2:18-22

◆7.27「イエスの招き」ホセア書2:20-25,マルコ福音書 2:13-17
◆7.20「起き上がる力」マルコ福音書2:1-12,コリントII 4:7-15
◆7.13「聖霊の力」ヨハネ福音書 3:1-15
◆7.6「深き憐れみ」ホセア書11:8-9,マルコ福音書 1:40-45

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◆1997.9.28 

「神の国を生きる」マルコ福音書4:21-34

             大宮 溥

 ◇ある精神医が、今の日本社会では人間の魂の問題がつきつけられていると語っている。ヨーロッパの登山チームが世界の高峰に登ろうとして、現地の案内人を傭ったが、ある朝その案内人たちが庭で輪になって坐り込み、動かない。どうしたのかと問うと「私たちはあまり速く歩いたので、魂がついて来ない。少し休んで魂が追いついて来るのを待っているのだ」と答えたという。われわれは、豊かな生活を築こうと夢中で走ってきて、魂を置き去りにしておりはしないであろうか。

 ◇魂とは何であろうか。それは関係概念であって、われわれが神と人とに対してどのような関係にあるかという事である。魂がなくなるというのは、神と人との関係がなくなって、孤立した状態である。この神と人とに対する関係が、深い愛によって結び合わされ、神の恵みと愛を受けて、共に生きるようになる状態が「神の国」である。主イエスは、現実の生活の中で傷つき、重荷を負い、将来の不安にさいなまれて、思い悩む人々に、空の鳥を養い野の花を飾る天の父なる神の配慮を示し、「先ず神の国と神の義とを求めなさい」(マタイ6:33)と奨められたのである。このr神の国」は遠い将来のことでなく「実に神の国はあなたがたの間にある」(ルカ17:2I)。

 ◇今日の聖書は、主イエスが「神の国」をどう考え、どう生きられたかを示している。第一は「ともし火」のたとえである。「ともし火を升の下に置く」とは火を消すことである。このたとえを通して主は、神が一度点じられた火は、消えることがないことを示された。キリストの働きは十字架で吹き消されたように見えたが、復活の光として、更に大きく燃えたのである。神の国は途絶えることがない。

 ◇第二は「成長する種」のたとえである。蒔かれた種は「ひとりでに」成長する。これは人間の努力によって救いを得ようとする律法主義ではなく、人間による失敗や逸脱にもかかわらず、神御自身の力によって完成される救いが示されている。神の国は神の恵みによって築かれる国である。

 ◇第三は「からし種」の、たとえで、出発の極小と結果の極大が対照的に示される。キリスト御自身が「一粒の麦が、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが死ねば、多くの実を結ぷ」(ヨハネ12:25)と言われた。マザー・テレサー人から始った働きが驚くべき人を動かした。わたし一人に主は真剣に語りかけ、招いておられる。神の国はわたしという一粒の種の信仰から成長するのである。

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◆1997.9.21 

「主イエスの家族」マルコ福音書3:20-34,テモテII:3-7

             大宮 溥

 ◇ここには主イエスの家族がえがかれている。主イエスについて「あの男は気が変になっている」と噂が立った時、身内の人たちは彼をとらえて家に連れ帰ろうとした。家族は自分たちのうちの一人か挫折したり病んだりした時も、その人を迎え入れて共に生きる運命共同体である。しかし主イエスにとって家族は重荷であり障害であった。主の真の姿を見誤ったからである。

 ◇彼らがそう考えたのは、都から来た律法学者が、主イエスを悪霊にとりつかれていると断定したからである。それは主イエスを通して、彼らの理解できない力が働いたのを感じたからである。彼のうちの「恐るべき神秘」と「魅力的な神秘」(R。オットー)に触れたのである。

 ◇律法学者はこの超越的な力を悪霊の力と断定した。それに対して主は「分れ争う国と家」のたとえを語られた。ここで律法学者たちにとって、物事を決着させるのは結局力だとされているのに対し、主イエスはそれは悪魔的な力であり、神の力は愛の力であることを示しておられる。そして主イエスから出る力は、愛の力である故に、神の力だということに気付かせようとしたのである。

 ◇しかし律法学者の誤りに家族も同調し、彼をとり押えようとした。家族は、われわれが最後には帰ってゆく故郷のようなところである。しかし折々、お互いにもたれ合い、ある時は自分と同質のものだとたかをくくって、自分たちの内に閉じ込めておこうとする。自立をさまたげ、その賜物を押しつぶしてしまうのである。

 ◇これに対して主イエスは「わたしの母、わたしの兄弟とはだれか」(23節)と間い、「神の御心を行う人こそ、わたしの兄弟、姉妹、また母なのだ」(35節)と答えられた。ここで主は先ず、御自分力沃の父の子であると宣言しておられる。人間はこの父なる神との関係が確立しない時に、それ以外のものの奴隷となる。家族もその例外ではない。それ故、人々は出家という形で、神との交わりに生きようとしたのである。

 ◇しかし主にとっては、家を出ることが目的ではなかった。むしろ父なる神の子として生きることによって、肉の家族の中に閉じこもるのでなく、さりとて家族と絶縁するのでなく、むしろ神の家族と共に生きる道を進まれたのである。

 ◇今日の人間は、自分の生の根底に神の恵みがあることに気付くことによって、自己を確立し、新しい人間関係を築くことが緊急のこととなっている。主の兄弟(マタイ25:40)とされていることを知ろう。              

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◆1997.9.14 

「わたしを誰というか」マルコ福音書8:27-38

               学生キリスト教友愛会主事 荒谷出先生

 ◇「あなたがたはわたしを何者だと言うのか」。この主イエスの問いは自分の実存をかけて答えようとする時、重要で恐ろしい問いとなる。

 ◇私がアメリカでお世話になったロイ・サノという日系の神学者が、1960年以降の米国の礼拝堂に共通する特徴として、高い天井から吊り下げられた立派な十字架を指摘している。そこにはイエスは力強い救い主というキリスト理解があり、ベトナム戦争が泥沼化するなかで、神様だけは不動であって欲しいという人々の理想が反映されているというのである。私の牧会したサンノゼの日系人教会も10年ほど前に礼拝堂を新築した。会堂の正面左側に、等身大、こげ茶色で粗削りの十字架が床から突き出るように立っている。清楚な礼拝堂には相応しくないという不満が寄せられたが、この十字架のデザインの目的はそこにある。十字架は私たちを気持ちよくさせるものではない。整った十字架を高く掲げる時、そこに人間の立派な働き、理想的な社会への願望が投影されているのではないか。むしろ神様はその私たちに、十字架という注意信号を与えているのではないか。

 ◇主イエスの問いをもって十字架の前に立つ時、私たちは自分自身の存在を同時に問われる。私が渡米した時代、日系人の歴史が注目され始めた。戦後30年近く、戦争経験者は収容所での経験、戦後の苦労について全く沈黙を守ってきた。彼らの受けた痛みが余りに深かったので、人々は日系であることを否定し、アメリカ的な生活様式を身につけることに汲々として生きてきたのだ。しかし沈黙は人々の心に自己否定という歪みを生みだした。ある日系人は子どもの頃、両親や自分を見るのが嫌でしかたなかったと話していた。

 ◇ここには罪に捉えられた人間の姿がある。倫理的ではなく、自分に注がれる神様の創造の恵みを受け入れることが出来ずに、歪んだ人間性を生きざるをえない。それが罪に生きるということである。人間は自分の痛みを押し殺したまま、生きていくことは出来ない。日系2世は自分の経験を3世に語り、在るがままの自分を受け入れた時に癒された。同様に信仰者は目分を神様の前に曝け出す時、初めて十字架の癒しを経験するのである。

 ◇主イエスの問いは、優等生の答えを求めてはいない。むしろ傷つき、弱さをもった人間が神様の愛を認め、その愛を受け止める器として自分を差し出すことを求めているのである。

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◆1997.9.07 

「種を蒔く人」マルコ福音書4:1-20

               大宮溥

 ◇先週われわれは英国のダイアナ妃とインドのマザー・テレサという2人の死を知った。2人ともに、その生前に蒔いた種が人点の間に芽生え育っていることを感じさせられた。たまたま今日「種を蒔く人」のたとえを学ぶことは意義深いことである。

 ◇このたとえは、主イエス御自身の経験と確信とを印象深く伝えるものである。主イエスは多くの人々の心に神の言葉の種を蒔かれた。その中心は、父なる神の愛と、それによって動かされる神の国についての教えであった。人々の心には、神の恵みと真実が注がれて、人々はそれによって力を与えられ、行くべき道を示されてきた。ところが、人々の中にはその教えを拒否する人々もあった。信仰は、神の呼ぴかけに対する人間の主体的な応答であり、人間は神の呼ぴかけに対して然りか否かの選択をするからである。

 ◇ここには蒔かれた種が実らない現実が3つあげられている。第一は道端に落ちた種のように、始めから神の言葉を受けつけない場合である。宗教的無関心である。日本人は多くのことに関心を持ち文化や技術を実らせたが、「究極的関心」(ティリッヒ)がなく、生きる基礎とカに無関心である。第二は石地に落ちた種のように、熱し易く冷めやすい浅薄な生き方である。信仰も自分の求めるものが得られると、それで満足して、神との交わりに生きようとしない。第三は、茨の中に落ちた種のように、神との交わりを求めてはいるが、他の欲望も強く、あぶはち取らずに終ってしまうのである。

 ◇このように、主イエスは自分の宣べ伝えた教えが、ある人々には受け入れられず実らないことを経験された。しかし主はそれによって失望するのでなく、そのような損失を補って余りある豊かな収穫があることを見ておられた。主イエスの生涯は次第に厳しさを加え、主が十字架についた時はその働きは全くの無駄、不毛に終ったかに見えた。しかしその死が大きな収穫をもたらす結果になった。「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが死ねば、多くの実を結ぶ」(ヨハネ12:24)。主の死によって人間の罪が赦され、復活によって、人々が新しく生きる道が開かれた。30倍、60倍、100倍どころか、すべての人の生きる道が開かれたのである。

 ◇今日人間が育たない。芽が出ず、育たず、実らない危機に直面している。これは、神がわれわれを生かし、愛しておられる、恵みの事実を本当に知ることによってのみ解決される。宣教の急務を思わされる。

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◆1997.8.31 

「イエスと共に」マルコ福音書3:7-19,コリントI15:10-11

               大宮溥

 ◇「イエスは弟子たちと共に湖の方へ立ち去られた。ガリラヤから来たおびただしい群衆が従った」(7節)。主イエスのおられる所には、丁度台風の目のように、そこに向って人々が吸い込まれるように集まった。それは主イエスによって病いを癒されることを願う人々の運動であった(10節)。主イエスが「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」(マタイ11:28)と人々を招かれたからである。「イエスのそぱへ逃れてゆこう」(讃美歌第二編180)と、今日も、われわれは主のもとで、重荷を取り去られ、慰められ、目の涙をぬぐわれて新しい旅をはじめるのである。

 ◇主イエスは、この救いと癒しの業を、自分一人でなさるのではなく、共に働く仲間を呼び集められた。「イエスが山に登って、これと思う人々を呼ぴ寄せられると、彼らはそばに集って来た。そこで12人を任命し、使徒と名付けられた。彼らを自分のそばに置くため、また派遣して宣教させ、悪魔を追い出す権威萄寺たせるためであった」(13-15節)。ここに教会の原型が示されている。教会は「キリストの体」として、主がこの世の人々に働きかけてゆく、その働きを共にするように召されている群なのである。12人はイスラエル12部族と関係し、神の民が意図されているのである。

 ◇主イエスはこの弟子集団を導くために3つのことを行われた。弟子の3条件である。その第一は「呼び寄せる」の招き、召しである。群集は自分の願いを満たすために主のもとに集まる。しかし、弟子は自分の求めでなく、圭が「わたしのもとに来なさい」と呼びかけていることを知って、主に従うのである。

 ◇第二は「彼らを自分のそばに置く」ことである。主イエスは「わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいる」(マタイ28:20)と約束された。この主の御臨在がわれわれの力である(使徒18:8-10)、それは同時に、われわれが主に似たものとされることである。キリストの愛と真実によって、われわれも愛と真実の人へと変えられてゆくのである(ペトロI2:21-25)。

 ◇第三は、主が弟子たちを「派遺して宣教させ、悪霊を追い出す権能を持たせる」こと、宣教と奉仕のための派遣である。われわれは、主イエスを担ってつかわされた場に出てゆく。その時主イエスのように台風の目のようにではないが、微風が起こり、絶望から希望へ憎しみから愛へ、下降から上昇への転換カ糧こる。秋風立つ時、イエスと共に、主の僕として歩み出そう。

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◆1997.8.24 

「命に至る水」ヨハネ福音書4:1ー26

               伝道師 高崎正芳

 ◇主イエスと出会った者は今迄の生き方を変えられる経験をします。サマリアの女性も主イエスに出会った直後、水瓶を置き、人生を180度方向転換しました。砂漠で生きる者にとって水汲みは1日の生活の基本です。その作業を中断したのはなぜか。「神の口からでる一つ一つの言葉で生きる」という出会いが、ヤコブの井戸の辺で起こったのです。

 ◇ヨハネ福音書4:1-26は内容に従い2つに分けることが出来ます。前半(15節迄)は水を求める主イエスの問いに始まり、女性の新しい水源の懇願で終わるように、r水」を鍵言葉として対話が進展します。対して後半では「礼拝」や「イエスが誰であるか」というテーマが中心となり、「水」は一度も出ません。「水」から「礼拝」、「主イエス」へと視点の移動が起こっているのです。

 ◇この箇所を聖書研究で学ぶ時に必ずでる質問があります。女性が「水」を求めたのに対し(15節)、16節以下では女性の破綻した私生活が主イエスの口を通して明かされますが、それがどうして「水」を求める者への答えになるのかが問われているのです。

 ◇15節と16節の間には祝点の飛躍があります。新しいアイデアが生まれる時に、それまでの常識が打ち破られることをbreak throughといいますが、ここでは信仰のbreak throughが起こっています。前半の対話をみると主イエスが「水」から「私が与える水」、「神の賜物」へと話を進めたのに対して、女性は最後までr水」に固執しました。それは神以外のものに心を奪われた人間の姿です。主イエスはこの人間の現実をbreak throughし、神様へと促してくださるのです。

 ◇女性の罪を指摘する主の言葉が彼女を主イエスヘ向けさせた時、神様との関係が問われます。女性はどこで礼拝すべきか質問しますが、主は「わたし」を「霊と真理をもって」礼拝する時が来ていると告げます。主イエスにおいて人間と神様の新たな関係がつくられ、聖書の神様は人格的な神であるといわれます。人格的とは,他者、隣人となることです。神様は一人子イエスを世に遺わし、最後に人間の命の値として十字架にわたすほど、私たちを愛してくださった。この神様の姿に目を留める時、新しく生きる道が開かれます。

 ◇「命に至る水」は「水」に止まっていては得られません。サマリアの女性がそうであったように、私たちの姿勢が「水」から「主イエス」へと転換する時、「神の腸物」として目の前に開かれるのです。

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◆1997.8.17 

「悔い改めた都」ヨナ書3:1一10

               北見さとみ

 ◇ヨナ書の主人公であるヨナが、ニネベで神の言葉を伝えたことによって、ニネベの人々は都全体で、悔い改めと祈りの日々を守った。◇ニネベはアッシリア帝国の首都であり、紀元前612年に滅ぼされるまで、国際都市として栄えていた。誘惑と危険がその都にひそんでいようとも、ニネベは魅力の満ちた街であり、力と名声を自分の力で手にし、神から自分を解放した異教世界の代表であった。

 ◇1章2節に神がヨナを預言者として召し、その命令は神の審判をニネベの人々に伝えるというものであった。ヨナにとって神の命令は不可能なことに思え、彼は神の命令から逃げ、ニネベとは反対のタルシシュヘと迎った。それからヨナは神の不思議な御手によってニネベヘと連れもどされ、ニネベで神の言葉を語った。

 ◇「あと40日すれば、ニネベの都は滅びる」という神の言葉を、ニネベの人々は聞いた。神のご計画の中に都の破壊と滅亡があった。神はわたしたちをも滅ぼすことができる。災害で失なわれた町、死んでいった人々を思いめぐらすことができる。あの町の、あの人の、あのことの滅びは神の業であるとも読みとれる。

 ◇しかし神は40日という猶予を与えられた。神は滅んでも当然と思える街が救われることを望んでおられる。ヨナを通して救いの神を知ることを求めておられる。神の蕃判は同時に救いがある。イエス・キリストが十字架で死なれたのは、わたしたちの罪を裁くためであり、同時に罪から救うためである。全ての人の罪のためにイエス・キリストは死んでくださった。全ての人が十字架を前にして罪が示されている。

 ◇異教の神冷であふれていたニネベは、神の言葉によって、生活全体を通して悔い改め、救いのために祈りを捧げた。異教徒が神の言葉によって、悔い改め、自分の罪に抵抗し、救われていく姿が描かれている、神はみ心を変えられ、ニネベの人々の行いを見て、ニネベを救った。この背景には、イスラエルの選びの思想を批判し、神に選ばれているにもかかわらず、悔い改めない人々に間いかけているのが、ヨナ書である。

 ◇ヨナの説教に姶まり、ニネベの救いで終わるヨナ書3章は、イエス・キリストの十字架によって、わたしたちの罪が裁かれ、そこに救いがあることを示している。十字架を見上げる時、自分の罪の蕃判と救いがあることを覚えたい。その時、わたしたちは神に立ち返り、神の愛を新たにし、新しい力を与えられる。

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◆1997.8.10 

「平和の日」マルコ福音書2:23-3:6,ヤコブの手紙3:13-18

               大宮溥

 ◇わたしたちが生きてゆくためには、からだのリズム、生活のぺ一スを整えることか大切である。主の日の礼拝は人問の基本のぺ一スを整えるものである。この日われわれは体内をめぐった血が心臓に帰るように、神のもとに帰り、新しくされて一週間の歩みを踏み出すのである。

 ◇主イエスとその弟子たちも「安息日に会堂に入って」(1:21)礼拝されるのが常であった。ところがある安息日、主イエスは所用で遠出された。食事の暇もなかったのか、麦畑を通った時「弟子たちは歩きながら麦の穂を摘み始めた」(23節)。ユダヤでは空腹の時他人の畑の麦の穂を摘むことは許されていたが(申命記23:26)、ファリサイ派の人々はこれを安息日の捷が禁じている脱穀の仕事だと非難したのである(出エジプト記34:21)。

 ◇これに対して主イエスは、ダビデの時代にも緊急の場合には捷を超えた特例があり得たことを指摘した後「安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない」(27節)と宣言された。ここに、安息日の制度、礼拝の定めは、人間にとっての義務であるよりも、神の恵みによることが明示されている。

 ◇礼拝は元来、神が人間を覚え、人間を自分の所に招き、共に交わり、共に歩んで下さる、時と場所を定めて下さったことによって可能になったのである。一週間ごとに、霊的生活のぺ一スが整えられるのである。従って、この日に伝道や癒しがなされて、人間が神の力によって解放されることは、安息日の趣旨にかなっているのである。

 ◇それと共に圭イエスは「だから人の子は安息日の圭でもある」(28節)と語られた。「人の子」を「人間」という意味に取ると、27節と同じ意味になるが、これを主イエスの自称と取ると、主イエスこそ安息日の用い方を決定する権威を持っておられることが示されているのである。安息日は神が人間のために与えて下さったものであるが、人間の自分勝手にまかされているのではない。主の手に自分の時(生命)を通し、主の手から新しく受け取って、主のために用いるべきなのである。

 ◇「安息」とは「シャローム」である。「平和」を意味するが、それは単に戦争をしないというだけでなく、人間の生命が豊かにされ、力と喜びにあふれる状態である。シャロームはベリース(契約)と密接に関係する(関根正雄)。信頼関係の構築である(ヤコブ3:18)。それは主との和解に入れられ、主の愛と力を受けて、われわれがこの世に派遣されることから生れる。

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◆1997.8.3 

「新しいライフスタイル」ミカ書4:1-3,マルコ福音書2:18-22

                大宮溥

 ◇主イエスとその弟子たちの生活は、当時のユダヤ社会では大変目立った独得のものであった。当時の禁欲的な宗教界に対して、自由で喜びにあふれたものであった。断食の規定に縛られず、「大食漢で大酒飲み」(マタイ11:19)との批判や非難を受けた。つつしみのない放縦なグループと見られていたのである。

 ◇これに対して主イエスは、結婚のたとえを使って、自分たちの生活の底に喜びの泉が湧き出ており、誰もそれを止めることができないことを語られた。主イエスの教えには婚礼のたとえが多く出てくる。神の国は神の愛の満ちあふれる所だからである。「若者がおとめをめとるように、あなたを再建される方があなたをめとり、花婿が花嫁を喜びとする様に、あなたの神はあなたを喜びとされる」(イザヤ62:5)。

 ◇主イエスは、この神の国の祝福が今すでにここで与えられていると理解された。主イエスは地上で、父なる神との深い交わりに生き、この祝福を人々に運ばれた。カナの婚礼の物語は、人間の愛と喜びの尽きた時、それを新しく湧き上らせる、主イエスの祝福を伝えるものである。

 ◇「しかし、花婿が奪い取られる時が来る」(20節)。これは、われわれの人生を襲う危機である。その最も深刻な時は、十字架の日であった。しかし、この深い悲しみと絶望の日が、実は人問の蹟いの日、救いの日となった。「その悲しみは喜びに変る。その喜びをあなたがたから奪い去る者はいない」(ヨハネ16:20,22)。この主のいます所では「うれいの雨は夜のまにはれて、つきせぬ喜び朝日と輝く」(讃美歌522)。

 ◇それ故、キリスト者は喜びに生きる。「新しいぷどう酒は、新しい革袋に入れるものだ」(22節)。陰気な禁欲でなく、喜びのライフスタイルを生み出してゆくのである。第一にキリスト者は「祝福をかぞえ」、その祝福の源である神への感謝を常に新たに覚え、暮びに生きる。第二にキリスト者は、もろもろの喜びの中で、最大の喜びとして「主を喜ぶ」ことにより、常に主と共に歩む力を与えられる。「憂えてはならない。主を喜ぶことは、あなたがたの力です」(ネヘミヤ記8:10)。

 ◇平和主日にあたって、われわれは日本の過去の国家エゴイズムによって引き起された近隣諸国の人々の苦しみへのつぐないができているかが、改めて間われる。それと共に、われわれに与えられている祝福を隣人と共に分ち合うことによって、真の平和を築くことが求められる。

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◆1997.7.27 

「イエスの招き」ホセア書2:20-25,マルコ福音書2:13-17

               大宮溥

 ◇マルコ福音書は2章から3章にかけて主イエスとファリサイ派との論争を記している。主の生涯は平穏無事ではなかった。しかし主は自分の信じる道を、それを批判し反対する人があっても、それによってひるんだり迷ったりすることなく、確信をもって大胆に歩まれたのである。

 ◇ファリサイ派と言えは「偽善者」の代名詞のように考えられがちである。しかしこの人たちは当時のユダヤの宗教界で、大変熱心で真剣な信仰者であった。ユダヤ戦争(紀元前2世紀)の際には、信仰を禁止しようとした外国の支配者に、命をかけて対抗し、独立をかち取った「ハシデイーム」(敬虔派)の子孫たちである。そして指導者たちが政治的な権力争いに心を奪われるようになると、それから離れ、町々村々の会堂を拠点として、民衆の信仰を養おうと努力した。

 ◇このファリサイ派の人々は、主イエスが「徴税人や罪人」と交わり、食事を共にすることを非難した。徴税人は、ローマの税金徴収を下請けしそれによって同胞の血税で自分を富ましているとして憎まれていた。しかし彼らがそのような、人々が忌み嫌う仕事を敢えて選んだのは、それ以外に生きる道がないという、厳しい状況があったことであろう。ところがファリサイ派などの敬虔な人々は、彼らが礼拝を守らず律法に禁じられていることを行う故に、彼らと交わることを避けていたのである。

 ◇しかし、主イエスは敢えて彼らの中から弟子を作り、親密な交わりを持った。そして「医者を必要とずるのは、丈夫な人ではなく、病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」(17節)と答えられた。ここには重荷を負うて苦労している者に対する主イエスの深い愛が示されていると同時に、自分を高しとする人々に対する鋭い批判が示されている(ルカ18:9-14参照)。人間がお互いを比較して、上下の差を問題にしたとしても、神と人間の差の前では、取るに足りないものであることがわかる。

 ◇しかも、この無限に高くいます神が、愛と憐れみをもって低く下り、共に歩もうとされる。主イエスはそれをリアルに感じておられ、また主御自身が「自分を無にして、人間と同じ者になられ」た(フイリピ2:7)。これは預言者ホセアの説いた、愛の契約にどこまでも固執し、不真実な相手をも、真実にもどさずには止まぬ愛(ヘセド)の神である。この愛の招きがイエスの招きである。これは高慢なものを砕き、この愛を受け、この愛に生きるよう招く。

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◆1997.7.20 

「起き上がる力」マルコ福音書2:1-12,コリントII 4:7-15

               大宮溥

 ◇この物語の中風の人が、主イエスのところへ行くには、多くの障害があった。彼は自分では起きることも動くこともできなかった。ところが彼の思いを知った4人の仲間が彼を床のまま担って、主イエスのもとに連れて行った。ここには人間の共に生きる姿が示されている。一人では不可能なことが、お互いに助け合うことで可能になったのである。

 ◇しかし主イエスのおられる家には、群衆が押し寄せて、主イエスに近づくことを阻んでいた。しかし彼らは屋上にのぼり、屋根をはがして、病人を主イエス前につり下した。すさまじいばかりの熱心な行動である。それを見た主イエスは、そこに「彼らの信仰を見た」(5節)。信仰(ここでは「信頼」としての信仰〉はこのように、見えてくる。われわれの信仰はどこに見えているだろうか。

 ◇この求めに答えて、主は中風を癒されたのであるが、その時「子よ、あなたの罪は赦される」と語られた。これは病の原因を罪と考える因果応報が考えられていたのではない。むしろ主イエスは、あの病人が病気であるという事実と、彼が神から離れて生きていたという事実とを、共に見ておられたのである。

 ◇病気と罪は共に、われわれが創造のはじめの姿から疎外された状態にあることを示している。しかしこの中で罪の問題の方が深刻である。病気は人問の人格の周辺で起こる。神と人間との人格的な交わりを不可能にするものではない。むしろ人間は病いの中で切実に神に助けを求め、祈る。それに対して罪は、神と人間との人格的な交わりが断ち切られた状態である。神との交わりの断絶である。

 ◇そこで主イエスは、まずこの人の人格の中心の問題、神との交わりの断絶の原因を取り除き、彼の内側に神の命と祝福を満たそうとされたのである。罪をゆるされ、神の恵みが奔流のように彼の内に注がれることによって、彼は強められ癒された。

 ◇赦罪は神のみの与え得るものだとして主イエスは潰神罪に問われた。しかし主は「人の子が地上で罪を赦す権威を持っている」(10節)ことを宣言された。「人の子」は終末の救主の称号である(ダニエル7:13参照)。主イエスの十字架と復活によって、われわれは完全な罪の赦しを与えられる。それによって「わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰らず、……打ち倒されても滅ぼされない」(IIコリント4:8、9)。起き上がる力を与えられるのである。

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◆1997.7.13 

「聖霊の力」マヨハネ福音書3:1一15

               北見さとみ

 ◇ニコデモはファリサイ派に属する者であり、ユダヤ人の議員であった。ニコデモかイエス様との対話を夜に選んだのは、ユダヤ人の目を気にしたというのが従来の説明であった。イエス様の言葉の中から、この夜は風が吹く夜であったと思われる。ヨハネ福音書において「夜jが意味することは、光に対立する闇の世界、神のおられない暗黒の世を示す。それゆえに、ニコデモが夜を選んだのは、彼自身の闇を映し出しており、本当の光を見出そうとする姿があったと言える。

 ◇ニコデモはサンヘドリン(ユダヤの律法に関し最高の権力をもち、行政と司法の権限をもつ機関)の議員であった。立派な肩書の人物である。彼はユダヤ人の指導者となるために長い間努力してきた。イエス様はニコデモに「新たに生まれること」を勧める。神の国に入るために必要な第二の誕生は聖霊による新生であることを告げる。

 ◇高齢のニコデモにとって、新たに生まれることは理解できないことであった。年を取ることはどこかに不安をかかえるものであり、いつまでも若々しく生きていきたいと願うほど、年を取ることは希望の光を自分で一つ一つ消していくような残酷告なことである。

 ◇人間にとって不可能なことでも聖霊には可能である。使徒パウロは「御霊のおられるところに自由があります(コリ13:17)」と語っている。聖霊はわたしたちの限界の壁を壊し自由を与える神である。どんな年齢であろうと、どんな環境に生きていようと聖霊は主なる神となられる。◇「水と霊」はキリスト教会の洗礼を意味している。また「風」は「霊」をも意味する単語である。わたしたちは風がどこからどこへ吹いて行くのかわからない。しかし、その音を聞き風を知ることができる。聖霊の働きも同じであり、聖霊なる神が行動される時、わたしたちはその存在を知る。それが霊によって生まれること、聖霊による新生である。

 ◇11節以下のイエス様の言葉は、イエス様個人の言葉の枠をこえて、教会の宣教の言葉となっている。父なる神は独り子なる神イエス様を闇の世におくり、わたしたちの罪の贖いのために十字架につけた。救い主イエス様を信じる者に神の国を見せ、永遠の命を与えるためである。第二の誕生の福音を宣べ伝えるのが教会である。そしてこの宣教の言葉を真実なものとさせるのが聖霊の力である。たとえ荒涼とした風が吹く夜の不安の中にあっても、聖霊なる神はわたしたちに働いておられる。

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◆1997.7.6 

「深き憐れみ」ホセア書11:8-9,マルコ福音書1:40-45

               大宮溥

 ◇主イエスの時代のユダヤでは、いわゆる「らい病」患者は、まことに厳しい生活を強いられていた。家を出て隔離された生活をし、人前に出る時は「衣服を裂き、髪をほどき、口ひげを覆い、『わたしは汚れた者です』と呼ばわらねばならない」〈レビ13:45)と定められていた。病気そのものが悲惨である上に、人々の偏見と軽蔑に会い、届辱と絶望を味わっていたのである。

 ◇この病人の一人が主イエスのところに来て、「御心ならば、わたしを清くすることがおできになります」(40節)と言うと主は「深く憐れんで、手を差し伸べてその人に触れ『よろしい(わたしの心だ)、清くなれ』と言われた」(41節)。打てば響くように、主は彼の求めに答えられたのである。

 ◇「深く憐れむ」という言葉は原語では「はらわた」を示す語である。腹の底にひぴくほど相手に共感し、腹の底からの愛をもって相手に触れたのである。ここに主が人間と連帯して歩まれる姿がある。医療の原点は「手当て」(渡辺雅晴)であり、医帥と患者との触れ合いである。主イエスか共に歩まれる時、われわれは癒やされる。また病人がこの主の憐れみの力によって動かされて、これを受け取り、「御心である故に、必ず癒える」と信じて立つ時、その信じるごとく癒やされるのである。

 ◇この後イエスは、癒やされた男に、直ちに祭司のところに行って、治癒の証明をしてもらい、また感謝の捧げものをする様に、厳しく命じておられる。これは当時主イエスの評判が高くなったので、主に熱狂的につき従う半面、他の人々や社会の秩序を無視し、挑戦的になる人々がおり、それに対する警告と思われる。社会に復帰し、社会の一員として生きるよう命じられたのである。

 ◇この主のもとに「人々は四方から集まって来た」(45節)。今日の世界も愛の渇水状態にある。「見よ、その日が来れば、わたしは大地に飢えを送る。それはパンに飢えることでもなく、水に渇くことでもなく、主の言葉を聞くことのできぬ飢えと渇きだ。…一その日には、美しいおとめも若者も渇きのために気を失う」(アモスl工13)。その中でわれわれはもう一度、愛の泉を、めいめいの内に湧き出させなければならない。

 ◇マルコ福音書は、主イエスの死と復活だけでなく、主の生涯の働きを含めて、それを「福音」として説いた。今日の癒し主としてのキリストを、われわれも迎え、またこの主のみ足のあとをたどりたい。

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